昨日大学院の講義「日本経済と産業」で再度、経営戦略で前期お世話になった伊丹先生の担当部分に入りました。初回の講義ということもあり、厳しい内容で指摘されることはなく、「失われた10年」という言葉が先行してきた中、実は日本経済全体で見ると歴史的に素晴らしい実績を上げたことを様々な面から説明された。その話を聞く中で、色々と考えさせられたためここでお話したいと思います。丁度、インターネットを通じた個人投資家による株式市場の活況に対して奥田日本経団連会長が「バブルの時と同じような感覚」と警戒感を示されたところで、バブルとその後の日本経済を振り返りたいと思います。

まずその前に、昭和30年代を舞台にした「always-三丁目の夕日-」の世界観、高度経済成長の体感などは全く分からないことは以前から申し上げてきました。それだけでなく、私自身、バブル景気の天井となった1989年の春に小学校に入学し、その後失われた10年と呼ばれる時代に、小学校、中学校と義務教育期間を過ごしてきた世代です。そのため、それまでの高度経済成長における「岩戸景気」「神武景気」なども全く体感的に分からないだけでなく、80年代における好景気も知らない、つまりは多くの日本人で共有されている「好景気」体験を持っていない世代だと思っていただければ、と思います。そのため最近は、色々な自分より年配の方には、かなり年齢が上の肩には高度経済成長、近い世代の方にはバブル景気について意識的にお話を伺うようにしています。。

さて、その大学院の講義の教科書になっているのが、「日本産業三つの波」NTT出版です。ほんの題目どおり、わが国の産業発展を3つの波で整理されている一冊ですが、経営戦略の権威がマクロ経済の展開を分析するとこのように見えるのか、ということに気づかされます。

この本を読んで驚くのは、わが国の戦後の経済発展です。
55年体制からオイルショックまで(第一の波)では平気で10%以上のGDP成長率を記録している年が多く、低くとも6%台というのはすさまじく、それが15年以上も続いたのは本当に想像ができません。オイルショック後も鈍化したとはいえ、80年代平均では5.4%程度の経済成長を記録してきたわけです。55年体制から考えるとバブル崩壊の始まる90年までの35年間、浮き沈みがありつつも一律的に高水準の経済成長を遂げてきたのは、やはり世界が注目するのもうなづけます。ここまでの成功体験は、日本人の多くが記憶し、多くの日本人が自信を持って語る戦後の日本経済史かと思います。

しかしその後バブル景気、そしてその崩壊という苦い経験をしたわけです。その原因などは様々な分野で分析されていますので、説明は避けますが、具体的に数値ベースでは91年から93年のわずか3年間の間に、「1100兆円(実にGDPの2年分)」のキャピタルロスが発生したわけです。これは評価額がペーパー上で下がったのみで、具体的に皆の手元から土地がなくなったり、預けているお金が減ったりしたわけではないのですが、一つの現象としては土地本位制に基づく融資制度などは一気に硬直化し、新規融資が行われなくなったのみならず、貸し剥がしまでが行われるまでに至ったわけです。

また、冷戦体制の崩壊により、米国の極東軍事政策における日本の大幅な優先順位の低下(郵政民営化にもつながる)。積極投資のツケを払わされた企業の業績不振、消費者心理なども影響。さらに80年代にダメダメだった米国が経済的に一時期、IT産業などで息を吹き返すことで相対的に日本型経営が批判されるなど、わが国は「失われた10年」という言われ方をされる時期に入って行ったわけです。

しかしながら、近年日本企業の業績が上向き、金融制度不安などもひとまずは取り除かれたことで、思い返せば「失われていなかった10年」だという評価を言い出す人も最近出てきました。
今が良かったのはこの10年間で日本企業が無駄をなくし、必要な投資を続けてきたからだ、と好評価をするのは、まぁそれはそれで良いのかもしれませんが、実際90年代はそれほど悪い経済だったのか、と顧みる必要もあります。

実際、日本の90年代のGDP成長率平均は1.9%程度でありました。これは先進国各国の経済成長率と比較してもそれほど悪い成績できない数値とのこと。さらに失業率は5.4%、平均賃金は10%upでした。
一方、米国はどうだったかと見ると、失業率は4.9-6.0%、平均賃金は-1%という数値。

またバブル崩壊、わずか数年でGDPの2倍ものキャピタルロスが発生したのは世界的にもう一つあり、それは1929年の米国大恐慌です。この際、米国経済は文字通り大恐慌となり、わずか4年でGDPが"半分"に減少、失業率は25%にまで跳ね上がったといいます。それと比較すれば、日本の経済は大変優秀な成績を残したといえます。と同時に、バブル崩壊とはそれだけ大変な経済的な失敗だったことも分かります。致命傷にならなかったことに安堵すると共に、そのような厳しい状況下で、世界的に悪くない経済成績を出した日本に誇りを持ってよいものだと感じます。

私たちの世代は、失われた10年と呼ばれた時間の中で育った世代です。そのため、あまり日本というものに自信を抱きにくいところもありましたが、そんなことはないのだ、と改めて気づかされました。高度経済成長、その後安定成長を経た"JAPAN as No.1"世代にはない、バブル崩壊後の世界的に経済危機を乗り、高い経済成績を影ながら出していた時間で育った世代であることから、日本に対していい意味でプライドを持ってもよいのだと考えると、胸熱くなりました。

失われていなかった10年は確かに存在していた。それは今の日本企業の業績などにとどまらず、実際に90年代の経済指標に現れていることを考えると、私たちが悩んでいた不況とはなんだったのか。それは、私たちが経験していない10%近い成長率をバシバシ出していた高度経済成長や、鈍化したとはいえ5%以上の成長率を誇った安定成長を経験していた時代を知っている世代からすると「日本はだめになった」と考えただけではないか、と思わされます。

100点満点とっていた生徒が急に95点とって、自信を失ってしまうようなものだったように感じます。さぁ後期の授業ではもっと理解を深めることになると思いますが、初回の授業で大変勇気付けられる意外な展開となりました。