メゾン青樹の青木さんが先日、「大家も住人もしあわせになる賃貸住宅のつくり方」という本を出されまして、早速ご本人からサイン付きで購入させて頂きました。青木さんがオーナーのマンションの再生ストーリーですが、その中に出てくる、「オーダーメイド賃貸」という方法は大変新しくも合理的に方法かつ、今後のまちづくり分野において新たな層をまちに呼びこむ強力な手法であると思います。

◯【公式サイト】ロイヤルアネックス


 




これを読んで改めて感じるのは、賃貸マンションでも、需給環境が変わり、いくらでも借り手は住む場所を選んでいける時代。貸し手は単に平米数と設備、築年数から家賃を設定して、さらに不動産屋に借り手募集を代行してもらって、、、、という旧来のやり方では、空き室ばかりになってしまうわけなんですよね。商店街の空き店舗だけでなく、マンションの空室というのも、一般的なものになってきたんだなと思います。

◯脱・建築物スペック競争の賃貸住宅




従来の賃貸市場は、間取り(2LDKとか)、平米数、築年数、駅からの距離かどうかとか全てはその建物のスペックを競争軸として評価されてきました。インターネットでの賃貸住宅検索サイトをみれば、それは大変わかり易いです。空き部屋とかが多いマンションとかは、つまりはこういう検索ではレベルが低いと判断されるような、間取りが悪く、平米数も決して広く無い、築年数が経過しているようなものだったりします。多くの人の検索結果にでてこないようなものです。

このような競争環境において、青木さんはマンション自体を立て替えてスペック上げるとか、家賃引き下げではない方法として、借り手(住民)の方と一緒に建物の内装を変えていくというリレーションシッププロセスを共に歩むことで繋がりを形成します。簡単なのは、壁紙を選んでもらったりする。さらに、内装まで一緒に大幅に変えてしまったりもするんですよね。さらに、住んだ後は、それを住民同士のお付き合いにまで拡大していくことで、他にはないマンションを作り上げ、その価値を向上することに成功しています。


 






従来が「ハードスペック競争」だったものに対して、「ハードデザインという視点」を持ち込みながら、けど実はそのデザインを自分流に選択できるカスタマイズ・ライフスタイルを持った人たちを集めていく。結果として、そのような独自性の高いらいふすたいを送る彼らのコミュニティ自体を現代版町内会のように昇華していくソフト形成は、学びに富んでいます。

上の写真は改装時に、居住する方と共に作り上げた部屋の大半をキッチンが占める部屋。これは住む方が料理好きであることから生まれた新たな空間のあり方です。通常のマーケティングでは決して生み出されない、極めてターゲットを絞り込んだからこそ生まれる空間だったりします。そしてこれはあくまで成果物であって、実際に大切なのは、このような空間を生むプロセス自体にあると言えます。

このあたりのマーケティング手法は以下のエントリーを参照ください。

「針の穴マーケティング(pinhole marketing)」 で攻めろ。 (No.1012)

◯経営的に合理的なオーダーメイド賃貸




しかも、経営的にも非常に合理的です。
住人が選択できるといってもコストアップではなく、あくまで元々壁紙だって張り替えるんだし、インフィルも傷みきった部屋は作り変えるです。それを、そういうのを住む人と一緒に作り上げていくという順序と意思決定参加者を入れ替えているのですよね。もちろんコミュニケーションコストはかかります。けど、それって大家さんとかの仕事じゃん、というのが青木さんのスタイルで、しごくごもっとも。もはや不動産オーナーは不労所得みたいな話ではなく、しっかり経営していこうというスタイルです。もちろん、万人に強制されるものではないですが、まちに住む人をいい意味が選び、変えていくという意味において、まちづくり分野において極めて重要な視点です。単なる投資賃貸物件だけが集まってもろくな事になりません。

このようなプロセスを共に踏むことで、住む人は思い入れが増して長期安定的に入居してくれたり、出ちゃう場合にも部屋を大切に使ってくれていて特徴ある部屋なので、次に入りたい人がすぐに決まる。ただ、これを目的化して最初からやっていたら恐らく変なことになっていて、オーナーが住民と面白くやろうとしたことと、このような経営的な視点が合致しているところが優れているのだと思わされます。

コスト削減、短期的な利益を目的としたところから入ると、「面倒くさい」みたいな話になって、結局はスペック主義に戻ることが多いでしょう。


 




青木さんの物件みて「壁紙が選べればいいのか」ということで、壁紙が選べる賃貸、とか大々的に広告しちゃう会社とかは全く分かっていないな、と思わされるところです。あくまでプロセスを引き出す方法であって、壁紙が選べること自体が競争力ではないのですよ。そこではない。

◯まちの小さな不動産オーナーだからこそできる経営




商店街の遊休不動産活用を考える上でも大変役に立つ内容です。重要なのはスペックでも、ハードを選択できることでもなく、そういうプロセスを共有して共に生きていくという緩やかな集団化なんですよね。逆に自分のライフスタイルを作れない人にとっては、こういうマンションに住むことはできないのかもしれないけど、ま、まだまだ1億人以上いる国ですからね。そんなことは気にせずに、もっと求めている人がいる層に気持ちいい物件にしていく変化の出し方したほうがよいってことですよね。全方位に受けることを考える必要はそもそもないです。三菱地所でも三井不動産でもないのです。
 




僕らが自分たちのまちの不動産をどういう人達に活用してもらえるようにするか。それは建物を綺麗にするとかでは全く的外れであることがわかります。僕らが考えなくてはならないのは、何かの時間を共有しながら物事を形成していくプロセス自体を価値にしていくこと。

◯機会損出を考えれば、手間をかけるだけの経営的利点がある。




また柔らかな文体の中にも、コミュニケーションは面倒くさい、投資はもったいない、と考えて何年もの間、物件を開けたままにしている不動産オーナーに「そこに愛はあるのかい」と青木さんは質問を投げかけています。

結果として何年も空いていれば、それは入るべき家賃が全く入らない機会損失。
10万円の家賃であれば、24ヶ月あいていれば、240万円損したのと同じ。であれば、先に240万円投資したって3年目からプラスになるじゃんと。どうせ空けて、誰も使ってくれない、喜んでくれないような空間を持ってて良いのかと。オーナーは不労所得であると思っているのが問題で、有る時間をコミュニケーションに使えばいいじゃんと。他の物件からはキャッシュが入ってきている、建物自体はある程度古いから建設時の借金とかはある程度払い終えている、とかならば、借り入れも簡単だし、手元キャッシュだけで行うこともできる。オーナーにとって有効な投資先なんですよね。
 




さらにどうせ投資するならオーナーや知り合いの人のセンスだけではなく、入居する人の人生の1シーンを飾れる場所にできるように一緒に考えて作っていく。舞台だといい方をしていましたが、まさに職場と同じくらい人生の時間を費やすわけですからね、部屋というのは。そこをどうするか関与できる不動産オーナーの仕事は考えていけばとても夢のある仕事だと。

◯住む人が変わり、働き方も変われば、まちは変わる。




まちなかでも、空いている物件を若い自分で商売を始めようとしている若者たちが活用していけば、彼らは仕事を伸ばしていって、将来結婚して、子供ができて、、、そういう地域の未来に繋がることをサポートできるんですよね。




不動産というのは株式とは異なって、そこに資産的な取引だけでなく、リアルに人生の時間を預かることができるんですよね。だからこそそれだけの想像力を持って仕事をしなくてはならない、青木さんの本を読んでいて思いました。
 




最後にこの本で気付かされたのは、貸し手と借り手の話だけでなく、その2者が「こういう空間をつくりたいね」という話をしたものを実現していくプロセスで関わる職人さん、デザイナーさんという技術を持つ人達との関係値です。やはり空間を思うように形にしていくには、プロのちからも必要です。けどプロもこれまでの仕事に疑問を持ち、本当に住む人にとって価値を生み出すものを作りたい。ガチガチの仕様書と見積書でつまらないものを造るのではない、意味のある仕事をしたい。そういう仲間があるからこそ、青木さんの物件はできているわけです。
 




そういう意味では、借り手、貸し手、作り手という3者が分断され、互いに疑心暗鬼になりながらリスクプレミアムを乗っけた取引をしていた過去の世界を壊して、新たな世界観を生み出し、バリューチェーンを一気通貫にしてしまったという感じもします。




読みやすい内容ながら、仕事柄、不動産オーナーさんたちとお付き合いすることも多い自分としては色々と考えさせられた一冊でした。
 




そして、地方にこのような貸し手、借り手、作り手の三位一体モデルをもっと増やして行きたいと思います。さらに青木さんはマンションの低層階を商業床として活用されていましたが、そこをまちに開いたco-baなどに変えたり、最近では、新築共同住宅の「青豆ハウス」にも広げています。

既に福岡でも福岡リノベースという青木さんのオーダーメイド賃貸を元にした展開をしている専門会社も出てきています。このような動きは中小物件再生において価値のある展開であると思います。

2014.7.12updated
 


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