西田さんが先日、東洋経済新報社から発刊された「ネット選挙」読了。

僕はネットでの選挙活動については前向きなわけだが、「ネットで情報発信すれば若者の投票率ががつんと改善する」とか「無料ツールでできるから金に物言わした選挙だけではなくなる」というような話には懐疑的な方だった。こういうのは「ネットメディア論」の範疇で、ネット選挙を考えているだけであるように感じ、そもそもの選挙を取り巻く制度、環境についての問題意識が希薄だったと感じていたからだ。まぁネットでやれば、ないよりはいいだろうが、枯れ木も山の賑わいレベルだと思っている。

そもそも僕の同年代でさえ、「政治なんて遠い存在」「アベノミクスとか言ってるけどよく分からない」「そんなことよりもっとやらなくてはならない事がある」というように、実際に政治家とかと会ったり、議論したり、自分たちの政策を提言していくなんてプロセスに参加できる人は一握りだ。これは、社会課題に関して、従来のような圧力団体政治からある程度柔軟になったように一見見える現状においても、大して変わらない。いきなり大多数の人たちが政治家との関係を構築しているわけではない。
つまり投票率の問題はネットでたとえ伝えたとしても「関係ない」と思っている人には刺さらないと思う。政治=訳の分からないコンテンツ、となっている限りは、テレビ、新聞、ラジオだけでなく、ネットで情報が発信されたとしてもアクセスしようとも、フォローしようとも思わないと思っている。

むしろネットでは自分に合わないコンテンツは、独自編集で排除できるから、ますます見ない可能性さえある。編集されたコンテンツをプッシュで押し込んでくる、既存メディアとは異なって。

さらに、本書でも指摘されているように若年層の人口ボリュームの問題。もしネットによる政治情報が選挙前後に配信されたことで若者がいきなり「そうだ、選挙いこう!」となったとしても、そもそも高齢者たちのボリュームに全く歯がたたない。多少の投票率向上だけでは無理。(ま、これがますます前述の無関心感、無力感に繋がっていると思うんだが)。
「無理といったら元も子もないから」という意見は、竹槍でB29を倒すみたいな話でもあると思っている。世代間で競争してももはや勝ち目はないので、本質的には制度や政治が世代間での利益誘導的なものではないものに如何にできるか、という非常に理想論に聞こえてしまうかもしれないが、そもそもの政治設計の思想的なところにいかに「本音と建前」を設定し、ちゃんと世代ごとに納得してもらうか考えなくてはならない。本当はそういう単独ではできない、時間軸でも一貫性をもった組織的な行動が政党政治に求められているはずなんだけどな。

この辺りは僕の学部時代の指導教官(河野勝氏)とも昨年議論になったのだが、政治学がもう少し政治決定プロセスにおいての方法論をもう少しちゃんと体系化して政党とかに導入させないのか、と。政治的なオプションの選択は常にあるわけで、ただそれぞれの選択というは、後の選択に影響を与えていく。最初に全ての選択肢を出してしまうと分散しすぎて合意できなくなるが、最初から絞っておいて、大枠で合意をとりつけながら、確信に入って行くと、最初の選択した選択肢の属性にある程度縛られて、選択できる範囲は狭くなっていく。そのあたりで、民主的なプロセスで、とるべき方法を1-2年という時間軸で設定していくという、実現方法についての研究ってもっとできないのか、と。なんか出来るよなー、みたいな話をしていたけど。

さて、何より本書の指摘で納得感があったのは、そもそもネットって日本の民主主義担保システムと異なる思想でできてるよね、という点。

僕なりの解釈では、「日本の民主主義システムは、公平性かつ整合性を重要視する完璧主義」。法制局に代表されるように全ての法律は成立前に、過去全ての法律との整合性を細かく確認、調整させる。僕には無理な仕事だが、官僚の方々は「ここの条文の「に」はどういう言葉の前後関係で「に」を使っているのですか?」という、てにをはの超細かなところまで過去の法律で用いられている「に」の方法との整合性と合致していることまで説明するというレベルで整合性を合わせていくと聞く。。。選挙制度や選挙情報は同じ思想にもとづいて、あらゆる人に公平に情報がいきわたる、ある個人だけが突出して情報を出せないようにするということを、ちゃんとこういう整合性主義に則った法律として整理されてきた。特に不正がある度に選挙制度はどんどん厳しくなってきたわけで、「ちゃんと公平平等にしよう」ということは基本だ。

さて、一方で、ネットは「ひとまず出してしまって、どんどん改善していく」という考え方になっている。何しろネットワーク自体がある意味でいい加減な状況で全体が接続されていて、それを100%で保証するなんてことは元々考えていない。基本的になんとなく、とりあえず繋がっていることの方が優先される。その上で、その品質をどんどん改善してあげていたというのが現状であり、僕らが普段使っているアプリとかも「ひとまずローンチ」するのが基本だ。ザッカーバーグじゃないけど、「done is better than perfect」なのだ。だからfacebookもそうだろうが、普遍的なものはこういう常に改善していけばいいということくらいで、何か固有の普遍的な全員に公平に保証されたものはなく、良い加減で運用され、その中からどんどんいいものがでてきて、移り変わっていく流動的なものでもある。

こういったネットは「漸進的改善主義」であり、従来の公平性を重要視したものとは全く異なるという思想的違いがあり、つまり既存の選挙制度での政治活動情報を発信する1メディアとして整理するだけでは、他のメディアとの間で整合性がないばかりか、そもそも選挙制度自体が前提としている考え方自体とも相容れないという指摘。

全体を読んで実感したのは、「ネット選挙」すればなんかOK、というお手軽な選挙改善策に扱われているのが、ある意味本質から目を背けるツールとされているよね、って話。

選挙制度が抱えている多くの問題は、ネットで情報を伝えること、では解決しないことばかり。
原因と結果をもう少しちゃんと見据えて考えれば、実は日本の民主主義システム、選挙制度改革というのに取り組まないと、ますます今のような若年層の無関心は拡大するだろうし、結果として持続可能な国の経営なんて程遠いと思ったところ。厳しい現実に目を向けたくないのはわかるが、もっと本質的な議論をする必要がある。何つけてもお手軽に世の中がよくなる方法なんてないのだ。

同時に、個別政策ばかりに僕も目が取られがちだが、その前提となる基盤そのものについても、様々な政策提言をしている各分野で活躍する仲間と考えを深めなくてはならないな、と反省した。

単なるネット選挙賛美の本ではなく、基本的情報を整理し、一つの今の社会が抱える僕ら「個人」と「政治」との関係をどう変えていくのかという思想的な考えを問う一冊だった。元政治学専攻の元不良学生としては、久々に政治学的な議論をしてみたいと思わされた。

この夏の参院選投票を控えて、多くの方にぜひ読んでほしい。

左下が書籍版、右下がKindle版です。

 
 


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